眼鏡の見え方の「違和感」について考える③

こんばんは!プラオプ ハセガワです。

前回は、レンズ越しに見た歪みが、どんな感じなのか?を書きました。

でも、これ。

目を一個だけ考えた場合のお話。

人は2つ目を持っていて、2つの目で世界を1つに見ています。

実は眼鏡の違和感は、この「両目で見る」事に関係している部分が多くあって、もしかしたら半分以上ほココにあるんじゃないか?と個人的に思っています。

では「両目で見る事で起きる違和感」とはなにか?

今日はそのへんのお話。多分一回では書ききれません。

左右で見える形が違うとどうなるか?

左右で見える大きさが違う場合があります。これを「不等像視」といいまして、原因は様々です。

左右で「度数が違う」のは「不同視」といいますが、これと「不等像視」は関係がありますが比例関係にはありません。

つまり、「左右の度数が違う」=「左右の見える大きさが違う」わけではないと言うことです。

不同視の問題点【がちゃめ】不等像視

詳しくは上の過去の記事を見ていただくとして、「不等像視」が起きていたらどうなるのか?

雨降りの長岡市。

窓の外を撮影してみました。

この写真ともう一枚

下の写真が少し大きくなってます。

これをそのまま重ねたら・・・

おお・・・

中心はちゃんと一つに見えるけど、周辺に行くにしたがってダブッて見えてます。

これはシンドイ・・・こんな風に「ちぐはぐに」みえたら「違和感」ありまくりです。

でも実際、こんな風には見えません。

左右の眼に映る別々の映像を一つの映像にする事を「融像」といいます。

融かして一つにする。英語では「Fusion:フュージョン」誰が考えたのかよく出来た言葉です。

そう、ズレがあっても脳が補正し、正しく一つに見えちゃうんです。

ひとつにちゃんと見えるにしても、いままでとは違う処理を頭はしなければいけないのですから「今までとは違う」=「違和感」として感じるでしょう。

でも、それが「いつもの感じ」になってしまえば、処理はスムーズに行われる、つまり「慣れちゃう」という事なのです。

でも、この「融像」にも限界がありますので、その辺は個人差を含めた工夫がひつようです。

前回の記事で乱視などの場合は斜めに映る映像を「融像」したりします。

場合によっては・・・

こんなふうに曲がって見えちゃう事も・・・

どんな風に見えるのか?にも個人差があり、また慣れるまでの時間にも個人差があるのです。

今までの問題を解決したら「違和感」が出る事も

左右の視力差があることで起きる問題・・・。

例えば、右のほうの視界がボケて視野が狭く感じるとか

「距離感」や「立体感」が感じにくい(距離感や立体感は両目がバランスよく見えないと上手く感じられない)とか

左右のピント合わせがバラバラで、疲れてしまうとか(左右のピント合わせは連動してるので別々には働きません)

それを解決しようと眼鏡(あるいはコンタクトレンズ)の度数を上手く合わせられたとしたら、上の問題は解決できても今までと違う「見え方」に違和感を感じる事があります。というか普通感じるものです。

右目は下のようにハッキリ見えていたとします。

そして左はこんなふうにボヤけていたとします。

これを両目で融像すると・・・

記事の3番目の写真のように「ブレブレ」感はあまり感じません。

実際の融像は当然こうではありませんが、この方が見やすい写真ではあります。

つまり、「問題解決には変化はつき物」その変化は「違和感」となって感じる事があると言う事です。

しかし、「ボヤけた景色はいくら時間がたったところでボヤけたまま、掴みにくい距離感は掴みにくいまま・・・しかし、視界の歪みはなれることが期待できる・・・」

もちろん、「なれ易さ」はとても大事なことですが、あまりにもそこに囚われすぎて解決すべき問題が放置されたらいけません。

目標があるとして、段階的に問題解決をしてゆく・・・そいうい柔軟さも眼鏡作りにおいて大事な事だと思います。

次回に続きます。

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